【七刄会演義 5/17】第1章 第4節「寒雷と金メダル」

2021年5月4日

 平成182006年1月丨丨。

 寒い丨丨のは、氷点下スレスレの気温や、降ったり降らなかったりの雪のためだけでなく、今月からローテートの1年目研修医3名が内科、精神科、産科志望、イコール、外科志望ではないと早々に告げられたからだった。もちろん、外科の基本は分けへだてなく教えはするが、外科は、冬来たりなば春近からじ、と思わずにはいられなかった。

 その日の昼過ぎ、葦原は大和部長に呼ばれていた。ここでも入局者0名ということを叱責されるのかと戦々恐々だったが、違った。

「葦原先生、久しぶり」

「わあ、吉良先生、ご無沙汰です!」

 吉良優助。1981年七大医卒、1987年七大院卒。中部班Sキャリア。七州大学学際医科学研究所臨床医学部門腫瘍制御学ユニット教授。もう10年以上も前だが、学内・学外の病院で手術まみれの大学院生活を過ごした葦原が不相応なまでの学術的業績を残せたのは、指導教官だった吉良先生のおかげだ。吉良先生の現所属の七州大学学際医科学研究所(医科研)は七州大学附置研究所の1つで、医学部各講座や他学部との連携による学際的な学術研究成果を発信している。

「元気だったかい」

「おかげさまで。吉良先生も元気でした?」

 教授相手に葦原がこうも馴れ馴れしくさせてもらえるのは、吉良先生の気さくな人柄もさることながら、それ以上に「教授になる前に知遇を得た」からである。こういった、教授という絶対的存在への抜け穴的関係性というのは、教授を多数輩出する名門教室の医局員ならではの特権と言えるだろう。

「葦原先生にまた、手術を手伝ってもらいたくてね丨丨胆嚢がんの患者さんだ」

 そう言って渡されたのは患者のカルテだった。

「臨床治験中の患者さんだ。京大との共同研究の一環でね、既存抗がん剤と新規機序免疫系作用薬との複合治療でだいぶ病巣が小さくなったから、手術に持ち込むことになったんだ」

 部長室のシャーカステンにかかった治療開始前後のCT写真を見比べて、葦原は思わず声を上げた。

「うわー、すごい小さくなるもんですね」

 消化器系腫瘍は化学療法の効き目が限定的だ。だから、早く見つけてごっそりってしまうしかない丨丨葦原の理解はそうだったから、これだけ効く化学療法があるのは驚きだった。

「このまま治っちゃうんじゃないんですか?」

「ここが限界なんだ。予想以上に血小板減少と腎機能の悪化がひどくてね。投薬を終了して、回復後すみやかに切ってしまいたい」

 治験前のCT画像では、病巣を取ろうとしたら命まで引っこ抜くことになるくらいの病変で、切れない。しかし、治験後のこの画像なら切れる。「切れるものをしっかり切る」のが外科医療だとしたら、「切れないものを切れるようにする」のが外科医学だ。胆道がんは海外より日本で罹患頻度が高いから、日本の外科医がなんとかしなくてはいけない疾患なのだ。実臨床の限界の向こう側にリアルタイムで切り込んでいっている大学病院と、切れるものを切りつづける学外病院とのギャップに、葦原はもどかしい限りだった。

「そこで、葦原先生に是非、前立ちをお願いしたくて」

「えっ、本当ですか!」

 葦原は躰が浮かび上がるような高揚感を覚えた。最先端の手術に関われる、しかもそれが自分でなくてはならないというのはまさに外科医冥利に尽きる。頼んででもやらせてほしいくらいだ。

「丨丨でも、俺でいいんですか」

 わざとらしく、小声にして言った。吉良先生は葦原が大学にいた頃、しょっちゅう前立ちに指名してくれたが、学外に出た人間が大学に戻って手術をするとなると、面倒はないだろうか。

「真田くん、針生くんの了承も得ている」

 医局長と中部班最高執刀責任者の許可が出ているなら心配なさそうだ。葦原は早速、画像の病変を脳内で再構築し、術式を言った。

「HPDですね」

 吉良先生はうなずいた。肝葉・膵島十二指腸切除術HPDは、胆道がんの進展に応じて、肝臓、胆管、膵臓、十二指腸など、肝胆膵外科領域で扱う臓器をほとんど摘ってしまい、かつその後も日常生活が送れるように残存臓器を再建していく手術で、PD以上に難しい。侵襲が大きすぎることもそうだが、手術が巧くないと結果が伴わないので、標準的な術式と位置づけられるかの議論にもなる。そんなHPDの執刀ができるのは七刄会でも一握りだ。牛尾は留学中でいない。いないほうがやりやすい。

「この葦原にお任せください」

 葦原は手術の日、市民病院を抜けて、手術に参加することになった。

「じゃあ、また連絡する。よろしく頼むよ、葦原先生」

 タクシーに乗った吉良先生を病院玄関で一緒に見送った後、大和部長が言った。

「大学に呼ばれて手術なんて大したもんだ」

「バイト代は出ませんけどね」

 葦原は照れ隠しでそう言った。

「しかし、俺でもHPDは大仕事だ丨丨吉良のやつ、大丈夫そうか?」

 吉良先生は大和先生の同期同専である。ちなみに吉良先生たちの大学院生時代の指導教官は誰あろう、留学から戻った頃の当代総裁だ。

「何度も一緒に手術させていただきましたが、吉良先生は大丈夫ですよ」

 吉良先生は安全性を最優先する執刀スタイルだが、執刀時間の短縮も安全性確保の一つであるということを実践している。頭の良い人の手術というのはこういうものなのだと思わせてくれる。七刄会内部には手術巧者を自負するものがたくさんいるし、もうひとり、中部班Sキャリアにはとても手術の巧い人がいたというのもあって、わざわざ吉良先生も手術の技量をアピールしようとしていないだけだ。七刄会Sキャリアはメスもピペットも一流でなくては務まらないのだ。

「葦原が前立ちなら大丈夫だろうがな」

「がんばります」

 市民病院に来てから、医長らの指導、研修医の相手などに明け暮れてきたが、久々にエキサイティングな手術になりそうだと葦原は今からワクワクしていた。

「頼んだぞ丨丨躰が冷えてきたな、戻ろう」

 その途中、大和先生は後ろを振り向いて、ポツリと言った。

「しかし、あいつには、もう少しいいところの教授になってほしかったがなあ」

 葦原は聞こえてはいたが、それには相槌を打たないでおいた。

 2月丨丨。

「終了です。皆さん、おつかれさまでした」

 肝葉・膵頭十二指腸切除術HPD丨丨吉良執刀、葦原第一助手、和田第二助手丨丨は七大病院で9時から始まり、急がず焦らず、滞りなく、18時には無事に終了した。

「葦原先生のおかげで無事に終わったよ」

「こちらこそ勉強になりました。ありがとうございました」

 サージカルガウンを脱ぎながら、手術の無事終了を労いあった。

「お礼はまた今度、改めて丨丨今日はもう上がってください」

「はい、おつかれさまでした」

 吉良先生は家族説明に向かった。葦原は上がる前に、第二助手として良い働きをしてくれた診療助手の和田に声をかけた。

「和田、巧くなったな。その調子だぞ」

 葦原が大学病院にいた頃の直属の部下であった和田も、しばらく見ないうちにちゃんと成長していて、嬉しくもあり、寂しくもあった。

「俺なんか全然ですよ。また勉強しなおします。葦原先生、ありがとうございました」

「おう、またな」

 意気揚々と手術部更衣室で術着を脱ぎながら、葦原ら七刄会外科医の大祖先の言葉を見て、久々の達成感を感じた。前立ちが功績を誇るのもおこがましいが、確かに今日、病魔と人類の均衡点を一歩、前進させることができた。学会などでも関係者を驚かせることだろう。医学医療の最前線の現場である七大病院ならではのこうした歓喜と興奮は、だが、私服に着替え終わった途端に消え失せてしまった。もし、いまも大学病院のスタッフだったら、洗いざらしの術着に着替えて、同じくらいに重みのある次の仕事に取り掛かっていたはずだったのだ。単に出世コースから外れたということ以上に、学外転落ということの意味を思い知らされるようだった。

 帰る前に、真田先生のところにアポなしで寄ってみた。

「おっ、もう終わったか丨丨おつかれさん」

 葦原は手術の様子を説明した後、術前から抱いていた思いを吐露した。

「鷹羽先生がいれば、俺の出番なんかなかったんでしょうけどね」

 鷹羽一誠。七刄会上医伯。1987年七大医卒、1993年七大院卒。中部班Sキャリア。七大医学部外科学講座助教授丨丨だった。中部班Sキャリアとしては、吉良先生の後輩で楡井の先輩に当たる。研究を本分とするSキャリアでありながら、その手術の巧さは折り紙付きだった。特に今回のHPDという最難関手術を「大業物おおわざもの」と呼んで得意とし、症例を集約して臨床研究を主導して、国内ひいては世界でも有数の成績を上げていた。まさしく超人スーパーマンだった。次期七刄会総裁候補の「SSSトリプルエスキャリア」とさえ目されていた。

「いないやつのことを言っても仕方がない」

 ただ、今は大学にはいない。残念ながら、他大学教授として巣立ったわけでもない。諸事情あって、大学を離れた。ただ、真田先生からこの件については詮索しないようにと厳重に釘を差され、葦原も心配はしつつも、事態の推移を見守るだけだった。そうするうちに自分は学外転落してしまった……。

「そもそも、今回は吉良先生の執刀で成功させる必要があった。トップシークレットだが、そろそろ、吉良先生を教授選に出す」

「あっ、いよいよですか!」

 真田先生の言葉にそうやって反応してしまった自分に内心、苦笑した。

 すでに吉良先生は医科研の教授ではあるが、因果なもので、七刄会Sキャリアにとっては、附置研究所や他学部、医学部他学科の教授はゴールとはみなされない。外科診療・教育・研究のすべてを統括する、外科学教室の主宰者としての医学部講座教授フルプロフェッサーになって初めてゴールなのだ。以前、一時的に某大学の医学部保健学科の教授になったSキャリアがいたが、七刄会の一部で「保健学科の教授にするために七刄会が育てたんじゃない」とまで揶揄されていた(しばらくして、その大学で外科学講座の再編があり、新設された部門の教授になったため、そういった陰口を叩くものはいなくなった)。当の本人も教授就任挨拶でそのことを笑い話のように話していたのだが、それを贅沢なことだと思う以上に、背負わされている重圧を汲み取って葦原は戦慄したものだ。Sキャリアは最初から医学部の外科学教室の教授になるものとして育成され、その分の医局のリソースと、その学年の同期みなの期待を注がれている以上、譲れないものがあるのだ。葦原も、院卒96年組Sキャリアの祢津には、なるだけよい大学の医学部外科学講座の教授になってほしいという気持ちがある丨丨その日頃の努力を知っているからこそ。

「吉良先生は研究もすごいし、HPDもできるとなれば、文武両道、外科学教授としては文句なしでしょう」

 他の専門班Sキャリアが続々と医学部教授になっている一方、当代総裁以後の中部班Sキャリアは吉良先生、鷹羽先生と二代続いてな形が続いていたから、葦原はホッとした。

「ああ、大いに期待しよう。ところで、他の件はどうだ」

 例の匿名の辞表の件か丨丨葦原が今日ここに立ち寄ったのはその件の中間報告のつもりだった。思ったほどに進捗がないことをお詫びしておこうと思ったのだ。

「すみません、いまのところめぼしいのは見つかっていなくて……そうだ、香取のやつが先生のところに挨拶に行ったと話してましたが、あいつではないんですよね?」

 真田先生は少し間をおいて、答えた。

「ああ。平成232011年3月に退職して、市内で開業するってさ。退職願は持ってきたよ」

 医局退職にまつわる時間的なセオリーで言えば、葦原らの学年がその辞表の候補ということでよさそうだった。

「わかりました。またなにかわかりましたら、ご報告いたします」

「ん丨丨葦原、ほかは大丈夫か?」

「ほか、というと?」

 真田先生は困ったような顔をして、言った。

「この間、藤堂先生が医局にわざわざいらしていたんだ丨丨市民病院からの入局者がいなくてもうしわけないってな」

「えっ丨丨」

 葦原は血の気が引いた。

「入局者確保は各所各位に任せているつもりだが、あまり目上の人間にそういうことをさせたりしないようにな」

「はい丨丨すみません、俺、戻ります」

 葦原は慌てて市民病院に戻った。すでに21時前だったが、おそるおそる赴いた先の、副院長室のドアからはまだ明かりが漏れていた。葦原は意を決して室内に入り、開口一番、謝った。

「もうしわけありません。私が至らないばかりに、藤堂先生に恥をかかせてしまいました」

 藤堂先生はカミナリを鳴らすことなく、静かに言った。

「お前はいったいなにをやっていたんだ?」

 以前と同じ藤堂先生の問いに、葦原はなにも答えられなかった。結局、あれから改めて2年目研修医に訊いてまわりはしたが、やはり皆すでに進路は決まっていた。関東で外科系の後期研修志望と言っていた研修医は、耳鼻科志望で、その前に総合的な外科トレーニングをしたいだけのようだった。

「大学病院での大手術だけが七刄会外科医の仕事か?」

「いえ、ちがいます」

虫垂炎アッペの手術が受けられなくても患者は死ぬぞ」

「はい、そのとおりです」

 アッペのようにシンプルな病状の手術であっても、それが受けられなければ患者の命に関わる。症例数と予後の話にだけ限って言えば、PDより虫垂切除術のほうが大事であるとすら言える。外科医のキャリアや達成感のために手術があるわけではない。だが、藤堂先生の言うように、葦原はついさっきまで、大学病院の難関手術こそが自分の仕事だと思っていた。

「アッペの患者もドクターヘリで大学病院に運ばせればそれで満足か?」

「いいえ、違います」

 外科的救急疾患である虫垂切除術が患者の生活圏で受けられないというのはナンセンスの極みだ。そして、ここで七刄会の入局者を確保できないということは、巡り巡って、そういう事態を引き起こす。七刄会外科の敗北だ。なにが、スタンダード・オブ・サージャリーだ。俺は本当に、この一年間、いったいなにをやってきたのか丨丨。

「七刄会の信条はなんだ」

「一所懸命です」

「葦原、入局者を確保しろ。もう一度言うぞ、それがお前の仕事だ。自分の仕事をしろ」

「はい、肝に銘じます。もうしわけありませんでした」

 ようやく解放された頃には22時を回っていた。感謝されたり叱責されたりで疲れた。もう帰ろう丨丨葦原は外科医局に戻った。

「外科の葦原先生、少し相談が丨丨」

 急に話しかけられて、葦原はぎょっとした。

「……遅くまでごくろうさまです、白神先生」

 相変わらず、白衣を着ずにワイシャツとネクタイ、スラックス姿だ。こんな夜遅くまでなにをしていたのだ。

「来年からの後期研修の件で相談がありまして」

「後期研修?」

「ええ。来年度が後期研修元年でしょう。外科は募集していないのですか?」

「いえ、そんなもんはありません丨丨皆、大学に戻らないとダメでしょう」

 初期研修は法律に裏付けられてしまった必修制度だが、後期研修などは制度自体が存在しない。あたかも初期研修に接続するような言い方をしているが、なんら法的・社会的要請を持たない、火事場泥棒のような方便に過ぎない。

「そうでしょうかね。私のところには後期研修医が3名来ますよ」

「へえ。総合診療部の後期研修ですか。それも、3人も」

 総合診療とやらの新興領域であれば、大学に医局がなくて入局もできないから、継続的な研修の場として学外市中病院での研修継続もやむを得ないだろうが、それにしても3人とは多すぎる。その分、他の診療科の入局者が減っているのではないか。

「で、そのうちの1人が外科系の勉強をしたいようで、数ヶ月間、外科の受け入れも検討していただきたいのですが」

「……その子は外科医になるんですか?」

「いえ、総合診療をやっていく上で、外科の勉強もしたいということです」

 白神一派は、宮田を外科から奪っておいて、今度は外から外科に入れようとするのか。外科が好き勝手につまみ食いされているようで面白くない。葦原は苛立って答えた。

「そういうのはちょっと。外科の勉強をしたいなら、入局してもらってください」

 七刄会では、若手医師は2年の実地修練と4年の大学院生活(1年は大学病院研修)をあわせた「3年研修・3年研究」で七刄会医伯、つまり一人前になる。一人前というのは、患者の前に出せるということであって、ゴールではない。そこからようやく長い医者人生のスタートだ。ただでさえ、今の若手は2年のスーパーローテート研修で様々な診療科をたらい回しにされて、ほとんどの時間を無駄にしている。後期研修などとうそぶいてウォーミングアップを続けていたら、いつまでたってもスタートラインに立てないではないか。

「おや? 入局しないと、外科の勉強はできないのですか?」

「ええ。外科にかかわらず、医者は初期研修が終わったら大学に入局して勉強するものです」

 総合診療だの後期研修だのの流行りに乗って、間口が広いだけの器用貧乏な医者を量産したとして、いざ開腹が必要な虫垂炎患者がいたときにどうするのだ。外科手術入門的な虫垂切除術程度ならやれると思っているのか。虫垂炎と思って開腹したものが悪性腫瘍だったらどうするのだ。やりたいところだけやって、難しくなったら、あとは後期研修などせずに入局してまっとうに育った医局外科医に丸投げするつもりなのか。外科をなめるな丨丨。

「初期研修が終わったのに外科ももう少し味見したいって言うのは医者としての自覚に欠けているんじゃないですか。それもこれも、後期研修があるなんて甘えた考え方のせいですよ。全く、都会の医者が地方の若手をそうやってたぶらかすせいで、うちは死活問題です」

 白神医師はアルカイックスマイルで応じた。

「外科さんもいろいろと大変のようですね。了解です。彼は整形外科でもよさそうなので、本人とまた相談してみますよ。葦原先生、おやすみなさい」

 白神医師は去った。後期研修医のために遅くまで残って葦原を待っていた白神医師に八つ当たりしてしまった反省はまた今度だ、もう帰ろう丨丨。

 3月末丨丨。

 その日、患者のけた市民病院外来フロアはいつも以上にひっそりとしているように思われた。病院内をにぎやかに駆けずり回っていた2年目研修医がいなくなってしまったからかと思いながら、総合医局に戻ろうとしたところ、私服の宮田がいて、葦原は驚いた。

「葦原先生、おつかれさまです」

「おう、宮田、どうした。東京に行ったんじゃないのか」

 3月中旬の研修修了式が終わり、2年目研修医は引っ越しなどでいなくなっているはずだった。

「ちょっと忘れ物を丨丨それから、葦原先生には挨拶できずじまいだったので」

「なんだよ、いいのに」

「いえ、葦原先生には外科ローテート中にたくさんご指導いただいたのに、不義理をしてしまって……それで、お詫びしたくて」

「別にいいよ。東京で後期研修して、東京の患者さんの役に立ってくれ」

「はい、がんばります」

 会話はそれで途切れた。本当に挨拶だけのつもりだったのか丨丨土壇場で入局を希望したわけではなかったようだ。葦原は宮田に尋ねた。

「宮田、訊きたいんだが、後期研修の後はどうするんだ?」

「その病院にスタッフとして残ったり、他の病院に移ったり、いろいろです」

「大学には入らないのか? もったいない。医局に入らないと、せっかくの七大卒も無意味だぞ」

「七大卒とか関係ないです」

「そうかな。七大卒っていうプライドがあるから、チャレンジングな進路を選べたんじゃないのか。若いうちはいいが、年を取ればそれなりに意識するんだぞ。出世がどうのこうの、とかな」

「出世なんか興味ありません。患者さんのためになる医療をやっていくだけです」

 葦原はため息を付いた。宮田の発言を謙虚だと褒める気にはなれない。むしろ、出世のために都会に出ると言われたほうが葦原としては応援する気持ちになれた。

「当たり前のことをそうやって言うあたり、まだまだ世間知らずだな。宮田、医者が自分のやり方で患者や同業者のためになろうとするには出世しないとダメなんだよ。お前さんのような七大卒の医者はちゃんと医局で育って、出世して、人の役に立つべきなんだよ」

 宮田はそれっきり反論しなかった。感化されたのではなく、ただ目上の人間に逆らおうとしないだけのようだった。そういう上下関係の気遣いができる分、なおさら惜しく思われた。

「わるい。言い過ぎた。年は取りたくないな。東京でゼロからがんばれ、宮田」

「はい。それでは失礼します。おせわになりました」

 そうして宮田とは別れた。葦原は情けなくなった。わざわざ挨拶しに来てくれた研修医相手に愚痴ってしまうとは丨丨。

 総合医局に戻ると、狩野たち副主任医長トリオが医局のテレビの前に集まっていた。

「あっ、葦原先生、早く早く! そろそろですよ」

「なんだよ。お前ら、病棟でも外来でも術場でもなく、医局にたむろしやがって」

「金メダリストの凱旋パレードですよ! フィギュアスケート選手の!」

 トリノ五輪の女子フィギュアスケート競技で日本人選手が史上初の金メダルを獲得した。連日のニュースで、その選手がこの仙台で競技者として育ったということは葦原も耳にしていた。葦原もテレビを覗いた。

「あら、パレードの通りってすぐそこじゃん……うわっ、人、すごいな!」

 凱旋パレードは市民病院を出てすぐの通りにある小学校前から出発のようで、今はせんだい市長や宮城県知事などのお偉いさんが挨拶をしているようだった。空撮映像では沿道に沢山の人が詰めかけていた丨丨だからいつもより院内が静かだったのだろうか。

「しかし、すごいよなあ。仙台で育った人間が金メダルだもんなあ」

 どうも、葦原のように仙台で生まれ育った人間からすると、世界的な活躍をする人間というのは東京・大阪といった大都市圏から生まれてくるというイメージが強い。ここ仙台は、宮城県そして七州地方の中では随一の都市ではあるが、東京、大阪、それから名古屋に比べるまでもなく、また他の旧帝大が立地する札幌・福岡と比べても都市規模が小さい。京都の歴史に及ぶでもない。そんな仙台で育った人間が、その後の東京や海外でのトレーニングのたまものだろうが、日本人初の世界一になったという事実には素直に励まされる。

 パレードがスタートした。金メダリストがオープンカーから沿道に向けて手を振っている。晴れやかで誇らしげなその笑顔の影にどれだけの努力と犠牲を払ってきたことだろう。辛く過酷な練習中に、誰かが金メダルを取れると確約してくれたわけでもないだろう。それでも、自分で選んだ道に人生を賭けたのだ。葦原は反省させられた。宮田も自分で道を選んだのだ。ならば、その進路でいずれは金メダル級の活躍をしてくれることを祈ってやろうと思った。

 テレビの中では顔の真ん中に大きく日の丸をペイントした若い男がインタビューを受けていた。

『この春から研修医になります。僕もこの道で金メダルを取れるようにがんばりまーす!』

 自分が思ったようなことを実際に口にされてみると、陳腐に聞こえて、恥ずかしい気持ちになった。

「研修医か、こいつ。浮かれてやがるなあ。どこの病院だ」

 伊野がそうテレビに毒づいた。葦原は、「お前らもだ」と言って、医長らに仕事に戻るように言った。

 医局を出て、2階に降りた。例の光合成スポットでは、廊下を挟んでいつもと反対側の窓から陽が射していたので、それを拾うようにして、深呼吸してみた。

 もう春だ。学外転落からもう1年になる。学外の実地病院は忙しいが、日々の診療は幸い、大過なく済んでいる。奪い合うように手術経験を増やしている副主任医長トリオらへの指導も順調だ。一方で、いまの研修医がどうしたら外科に興味を持ってくれるのかは見当もつかない。真田先生に言われていた匿名の辞表の正体もわかっていない。忙しいのに、なんだか物足りなくて、時間だけが経っていくのだと思うと悔しくもあった。真田先生に言われたように、時間の流れの速さに飲み込まれてしまっていたようだ。

 葦原は一つため息をついて、それを吸い直して、「七刄会は一所懸命」と唱えた。

(続)

©INOMATA FICTION 2019-2020

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